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<DogWorld/ドッグワールド 2005年4月号>
荒野を駆け巡れ
〜オーストラリアのカントリードッグたち〜
写真家デヴィッド・ダーシーが旅する中で出会った、オーストラリアのたくましき犬たち。そしてゆかいな相棒となってくれた愛犬たち。
アウトバック(辺境の地)への旅は、かくも楽しく、厳しさに満ちていた。
写真:デヴィッド・ダーシー(写真左)
文:ハイランド真理子
オーストラリアは日本の二二倍の大きさで、人口がおよそ一〇分の一。シドニーやメルボルンなど州都を除けば、ほとんどが小さなカントリータウン。内陸部に行けば行くほど住む人の数も少なくなる。
そのカントリーにはワーキングドッグ(使役犬)が数多く住む。ワーキングドッグは、カントリーの人にとっては、仕事の仲間であり、家族であり、メイトである。
最近、オーストラリアのRSPCA(動物愛護協会)とNSW(ニューサウスウェールズ)州のファーマーズ・フェデレーション(全農林)とが共同でワーキングドッグの写真コンクールを実施した。入賞の賞品となったのは、オーストラリア人写真家・デヴィッド・ダーシーの作品だった。
彼の作品のなかうつしだされるのは、「俺たち、どっこい生きてるさ」と言っているような図太い犬たち。時には非情とも言えるオーストラリアの厳しい自然のなかで生きている犬たちだ。
ここかしこで可愛らしい犬だけが強調されている現代で、大自然を背景に犬たちの生命が輝いている彼の写真は、今オーストラリアだけでなく、世界中にファンが増えている。
写真への情熱を失いかけていたとき……
「旅をしながら、何千頭もの犬たちとめぐり合った。そうした犬たちは、オーストラリアの風景に溶け込み、オーストラリアという国そのものを映し出し、僕を感動させました」とデヴィッドは語る。
デヴィッド・ダーシーはシドニーの西方内陸部ブルーマウンテンズで、一九七二年に生まれた。現在三三歳。
ブルーマウンテンズはユーカリの樹海が広がるオーストラリア一の名所。二〇〇二年にはユネスコの世界自然遺産の一つにも登録されている。ユーカリの木から出る樹液の油分が空気中に漂い、太陽の光に反射して、山々が青く見えるためにブルーマウンテンズというのだといわれている。
父はプロの写真家。当時既に離婚して家族とは離れて住んでいた父が、デヴィッドが一四歳の時、初めてのカメラをプレゼントしてくれた。
基本的なカメラの操作を覚えると、その後は、大好きな野生の動植物を手当たり次第に撮っていった。
一六歳のときにはトンボを撮った彼の写真がNSW州の写真展のジュニア部門で最優秀賞を受賞。その後も数々の賞に輝いたのだが……。
「一九歳になった時、もう写真はやめてしまった。何故って、何を撮ろうかというアイデアも浮かばなくなったし、写真を続けていきたいという熱意もなくなって……」
それから数年間、彼は自分探しの旅を始めた。都会へ出て、バーで働いたり、庭師をしたり、ホテルの支配人にまでなった。「自分の本当にしたいことは何なのか」、答えを求めて外国へ放浪の旅にも出かけた。
旅支度をした車に犬たちが飛び乗った
八年後、故郷のブルーマウンテンズに帰ってデヴィッドは考えた。そうだ、また旅に出てみよう。写真を撮りながら。
デヴィッドが旅支度をしていたところ、愛犬たちがまるで一緒に行くのが当然かのように車に飛び乗ってきた。「僕たちを撮ればいいじゃないか」とでもいうように。
幼い頃から彼の傍らには常に犬がいた。家族でありメイトである三頭と共に、カントリーの旅へ。ここを起点にデヴィッドの人生は、劇的に変化していった。
「僕にとっての旅は、高級ホテルに泊まる旅ではありません。夜になるとスワグ(寝袋)を取り出して、満点の星空の下で寝る。犬たちと焚き火を囲みながら夜を過ごす。それが僕にとっての旅なのです」とデヴィッドは語る。
オーストラリアの第二国歌は、日本でもよく知られる「ワルシングマチルダ」。これは、マチルダという女性の名前を付けられた、スワグを背負ったスワグマン(働きながら旅をする人)のことを歌ったものだが、デヴィッドの旅はまるでこのスワグマンのようだった。
朝、陽が昇る少し前に起きる。朝ごはんをそそくさと終えると車を走らせる。三〇〇キロ、時には五〇〇キロを走らせる時も。車を走らせながら、ここだと思える場所を見つけるとすぐ車をとめて写真を撮り始める。犬たちは車から降りてあっという間に景色の中に走り出る。自由奔放に彼らが動き回るままにさせて、デヴィッドのカメラがそれを追いかける。
RMをリーダーとした六頭の愛犬たち
デヴィッドの愛犬は、レトリーバーに似た、六頭のミックス犬だ。
デヴィッドが、スター・オブ・ザ・パック(群れの中のスター)と呼んでいるのがRM。オーストラリアの伝説的なカントリーマン、RMウイリアムズから名前がきている。現在六歳。
「カメラを向けさえすればポーズをとるんです。天性のスターといえるかも」
RMには三頭の息子がいる。ドシー、エッグ、そしてフィリックス。
「ドシーは、中でも一番フレンドリーかな。それに一番足が速いかも」
ドシーはそれに水も大好き。ただし、水の中に入ると凄い勢いで跳ね回る。その跳ねようはまるで洗濯機のようだ、とデヴィッド。
フィリックスはラテン語で平和という意味だというが、「彼の場合、名は体を表していないんだ。動くものには何でも吠えるから、僕たちが旅をする時には、ガードドッグになる」。旅の時には役に立っても、家に友人たちが来るときには、ちょっと問題。
エッグは、最近父親のRMに代わってパックのトップドッグになった。身体も一番大きい。
「ところが一番甘えん坊でもあるんだ。ちょっとでも愛情をもらいたくて、何時間でも人間の傍に座っている。だから、インタビューなどで記者がくると最も人気なのが、このエッグです」
この他に、ドシーたちの母親フォジーと弟のドックがいる。彼らの妹ティミーは、デヴィッドの恋人が彼のもとを去った時に連れて行ってしまった。
「僕が仕事でどうしても犬たちを連れて行けない時には、母が彼らの面倒を見ます。一度、仕事の関係で、メルボルンに彼らを連れて転居する話が持ち上がった時には、その母が猛反対しました。犬たちと別れるのは嫌だと言って」
純血種も雑種も犬は犬さ
彼が撮り歩いた結果、二〇〇一年に作品集として出版されたのが『Mongrel
Country』である。“Mongrel ”(マングロー)というのは直訳すれば“雑種の”犬。“混血”と訳すと、人間に対する侮蔑や差別的な言葉にもなる。
デヴィッドは言う。「純血だろうと雑種だろうと、僕にとって、犬は犬なんだよね。愛情を持っていれば犬と人間とは多くのものを分け合うことができる。だから、つんと乙にすましている人間や犬たちを驚かせる意味でわざとあのタイトルをつけたんだ」。
英語で”filthy mongrel”と言うと「あん畜生」という悪い意味になるが“not a sort of bad mongrel”と言えば愛情を込めた「あん畜生」になる。
こうした言葉の綾はオーストラリア人だけにしか分からないニュアンスで、デヴィッドがアメリカの出版社と話した時、彼らが一番心配したのはそのタイトルだったという。
世間には、実際には差別があっても、差別がないように見せかけなければならないというジレンマがそこかしこに存在していないだろうか。ところがオーストラリアの文化には、差別感があるのを肯定しながら差別をしないという逆の複雑性が見られる。
“マングロー”へのこだわりはデヴィッドのアイデンティティでもある。
「旅をするといいことだけにめぐり合うわけではないことも分かりました。人が人を差別したり、人が犬を差別するのを見かけます。
ある田舎町に行った時のことです。広い牧場にある小屋に犬を繋ぎっぱなしにして、その飼い主は一週間に一度だけくるのだそうです。そんな犬たちを見ると悲しくなって仕方がない。
もっとも、犬をこよなく愛している人たちにも会いました。ヴィクトリア州の奥地のファットクリークという場所に、一人の老人が住んでいました。彼は三頭の犬たちと一緒に住んでいたのですが、そのうちの二頭はいつ死んでもおかしくないくらいの老齢の犬たちでした。犬たちが死んでしまったらこの老人は一体どうするのだろうと考えたら、彼の寂しさが僕の心にもしのびこんでくるようでした。
田舎の人たちは、あん畜生なんて犬を呼んでまるで相手にしていないような素振りを見せているけれど、実は彼らがいなければ生きていけない。マングロー・カントリーっていうのは、そうした田舎の人たちや彼らの犬が住むところのことをいうのです」
ワニや毒蛇がいる過酷な状況で犬が力を発揮
“Mongrel Country” を出版してから彼は再び旅に出た。今度は四頭の犬たちを連れて、アウトバックに。
アウトバックというのは、オーストラリアの辺境の地、内陸部のことを指す、オーストラリアの言葉である。
「アウトバックには常に様々な危険があります。なかでもワ二。旅の途中、暑さを凌ぐために犬たちと川や池で泳ぐのですが、ワニが隠れているかもしれないので、底が見えるクリアな水にしか入らないようにしていました」
オーストラリアは、また、世界で最も毒蛇の多い国として知られている。だから、「一緒に旅している犬たちの姿が急に見えなくなると、何か悪いことが起きたのではないかとひどく心配したことも」とデヴィッドが言う。
アウトバックは、日中は四〇度を超す暑さになり、夜は零下に近い寒さになる。強靭な肉体と細心の注意力、特にサバイバルスキルがないととても一人では旅が出来ない。外国から来た観光客がそれを知らずに無防備で歩き回り、過去に何人も亡くなっている。
「幸いなことに、犬たちは、大きな怪我も病気もなしに旅を終えています。彼らにはもしかして人間よりも優れたサバイバル本能が身に付いているのではないかと思う時があります」
牧柵の向こうで犬たちは何を思う
「自分の作品の中で何が好きかって? 答えるのがすごく難しいなあ。写真の一枚一枚に全て思い出があるから。しいてあげるとすれば、やっぱり“The
Drover’s Dog ”(p48)ですね。僕の犬、RMが牧場の草の中で眠っている……あのシーンは奇跡に近いタイミングで撮れた」
眠っている犬の息が感じられるような一枚。RMは、どんな夢を見ていたのだろうか。
「それから、“Laughing Larrikins”(p49)。二頭のワーキングドッグが牧柵越しに笑っている写真も気に入っています」とデヴィッド。
Larrikin(ラリキン)とは、これまたオーストラリア英語で、普通に生きることを拒否する人間とか、変わり者、不良、そんな意味である。
写真のなかで、大笑いしているような表情を見せる犬たちは、まるで牧柵の向こう側を覗き見でもしているよう。「おいおい、みろよ」「ひひひ、ホント」などと笑い声が聞こえてきそうだ。
* * *
キャンプファイヤーを囲みながら、犬たちが彼の足に顎をのせて寝ている時。犬たちと一緒に、森の中の湖で目一杯はしゃいでいる時。
旅では、数え切れないほどのマジカルな(魔法にかかったように素敵な)瞬間に出会った、とデヴィッドは言う。
「その瞬間だけは言葉や写真で記録することができない。僕と犬たちとの、濃密でシークレットな時間だから……」
どうやら、マジカルモーメントを探しに、デヴィッドと彼の犬たちの旅がまたすぐ始まるような予感がしてきた。 |