愛犬の友・オーストラリアニュース
(by ハイランド真理子)

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<愛犬の友 2006年7月号>


Dingoディンゴを絶滅の危機から守れ!



オーストラリアの代表的な動物と言えばコアラやカンガルーなどが有名だが、ディンゴももちろん、オーストラリアの代表的な動物として世界中に知られている。しかし、先日そのディンゴがあと10年か20年の間には絶滅してしまうかも知れないという話を聞いて衝撃を受けた。

ディンゴのスタンダード

ディンゴディスカバリーセンターは、メルボルンの郊外にある。センターのオーナーはピーター&リン・ワトソン夫妻。センターとはいうものの、実は、美しい田園の中にある彼らとディンゴの素晴らしいレジデンスである。ピーターとリンは、犬の世界では国際的に知られている人たちだ。ピーターは、ビクトリアケネル協会の初代の会長であり、リンは、サイトハウンドの世界的な権威でオールブリードのジャッジとして知られ、二人とも、世界中を回ってジャッジングをしている。リンは、「私は子供の頃から動物に囲まれて暮らしていました。でも十代の頃、メルボルンのヒールズヴィルという野生動物園に飼われていたディンゴにすっかり魅せられてしまったのです」とディンゴとの出会いを語っている。ある日二人は、オーストラリアの純血のディンゴが絶滅の危機に瀕していることを知り大いに発奮した。今から20年前のこと。その頃、ディンゴを飼うことは法律で禁止されていた。しかし、ピーターがケネル協会の会長をしていることもあって、ディンゴの保存に理解のある政治家を巻き込んで、1991年、条件付で、ディンゴを飼うことを許可するという法案をビクトリア州議会で通過させた。夫妻はまた、オーストラリアン・ナショナル・ケネル・カウンシルに働きかけて、ディンゴが、オーストラリアのオフィシャルな固有の犬であることが認められたのである。現在登録されているディンゴのスタンダードは、リンが作った。

ディンゴの印象を変えてしまったある事件

「ディンゴは犬ではありません。狼でもありません。進化的に言えば、その中間だといえるかも知れませんが、やはり彼らは狼です。」とリン。彼らの家にあるディンゴと犬、またコヨーテの頭蓋骨を見ると、ディンゴのそれは全く異なっている。彼らはまた普通の犬たちができないこともできる。首を後ろまで曲げることができること。足を平たく伸ばすことができること。カンガルーなどの大きな動物をハンティングするために身体のしなやかさや筋肉の付き方が犬たちとは全く異なるのである。

実際、ディンゴが、単なる野犬だと思っている人がオーストラリア人の中にも多いので驚いた。80年代に、内陸部エアエアーズロックでキャンプ中の家族の赤ん坊がディンゴに連れ去られてしまったという事件があった。事件はその後母親が赤ん坊を殺したのだという殺人事件に発展し、その後数年経って、連れ去られた赤ん坊が着ていた洋服が奥地で見つかり、今度は一転して逆転無罪になって、オーストラリア史上最もよく知られた冤罪事件になった。
この事件は後年ハリウッドの映画にもなったほど。「ディンゴがベイビーを連れていってしまった」との母親の叫びが、真偽のほどはともかく、ディンゴが凶暴な動物であるとの印象を世間に与えてしまったとリンは語る。

「純血のディンゴは、意味無く人を襲うことはありません。200年前に、オーストラリアに白人たちがやってきて、何万年も前から住んでいたアボリジニーの人たちを殺戮していったように、土地の開拓という名目で、白人たちは自然を破壊し、生態系を壊し、ディンゴたちを追い詰めていったのです。」問題は、現在、野性のディンゴのうちのほぼ80%は、犬とのハイブリッド(異質の混血)になっていて、非常に攻撃性の強い大型の犬になっていることだ。純血のディンゴも、ハイブリッドのディンゴも区別無く、牧場主や農業団体は、ディンゴは危険な動物だと世間にPRし、他の動物たちを殺す可能性もある非常に危険な罠や毒を使い、オーストラリアでは害獣とされている兎や狐と同じように、無差別に殺戮しているのだという。

ディンゴがオーストラリアの生態系の一部であるという証拠は、ディンゴがいなくなったら、害獣である兎や狐が大幅に増えていったことでも分かる。また、カンガルーも無尽蔵に増えて、今その被害が甚大になっている。狼がいなくなって、鹿が増えてしまった日本の状況とどこか似ているかも知れない。

「純血のディンゴは、決して家畜化しないものなのです。彼らは遺伝的に古代の狼の血を受け継いでおり、犬のように吠えません。彼らはまるで美しいメロディのように遠ぼえをします。ディンゴは、独立心が旺盛で、高いインテリジェンスを持ち、感性に富み、愛情深い動物だといいます。非常に慎重ですが、ストレンジャー(見知らぬもの)に対して卑屈になったり、大仰に行動したりすることはありません。一生の間、一夫一婦制で、出産は一年に一度だけ。夫婦が一緒に子供を育てます。」とリン。

知られざるディンゴのルーツ

ディンゴが社会化している例として、子犬の母親が死んだ場合には、産んでもいないファミリーの牝たちが乳を出し始め、彼らが突然養母となるという話もある。リンとピーターたちが飼っている純血種のディンゴたちの遊び場では、そのファミリーを支配する牝の老ディンゴが、尾をピンと立てて若い牝犬たちに、目上の立場を示し、威嚇の声を上げては仕付けをしていた。

ディンゴが、どこから来たのか、いつオーストラリアにやってきたのか、そのルーツについては、様々な異論がある。南オーストラリアの洞窟で見つかった骸骨が現在最古のもので、3450年ぐらい経っているといわれているが、NSW大学の遺伝子学者であるアラン・ウイルトン博士が、全世界の676頭の犬と、38頭のユーラシアン狼と、211頭のオーストラリアディンゴと、19頭のヨーロッパで見つかった前世紀の犬のサンプルとを比較してみた結果、博士はディンゴがオーストラリアにやってきたのはおよそ5千年前だと結論付けた。また、ディンゴンの始祖は、パリア犬で、さらに遡ればインドの狼ではないかとも言っている。このパリア犬は、1万2千年から1万8千年前に生まれた世界最古の犬と言われており、インドの狼は、更に遡ること80万年前から存在し、現在の調査では世界最古の狼であることが分かっている。もっとも、ディンゴが、1万年以上前に、アボリジニーたちと一緒にオーストラリアにやってきたという説もまだ根強く残っている。ディンゴは、アジアをそのルーツにするアボリジニーたちによって家畜化されオーストラリアにやってきたというものだが、しかし、その説だと、今から1万年前に本土から切り離されたタスマ二アに、なぜディンゴがいないのかの説明がつかない。いずれにしても、現在の段階で最も確信性のある説は、前述した5千年前にやってきたという説である。

ところで、リンは日本の秋田犬協会からもらったという古いカレンダーを私に見せながら説明をしてくれた。「アキタ犬は、ディンゴとどこかで始祖を同じくしています。ホラこれ」と写真の中の一匹を指す。ディンゴは柴犬のような色をしているのだと思っている人たちも多いが、ディンゴには、トロピカルディンゴとアルパインディンゴとがあり、アルパインディンゴの中には、実際秋田犬を思わせる黒い毛のディンゴもいる。ディンゴには白い毛の種類もあり、現在彼らのセンターには、その全ての種類が集められていた。恐らく、朝鮮半島あたりから出た狼が日本に渡りアキタ犬となり、そのままアジア大陸に残ったディンゴが、何らかの形でオーストラリアにやってきたのではないかと、彼女は想像しているという。

ディンゴとアボリジニーの関係もまた興味深い。アボリジニーは、現在生存する最も古い人種だと言われているが、彼らは5万年も前にオーストラリアにやってきて住み始めた。原始的な生活を営み、放浪の生活をしていた彼らが、一箇所に棲み付き始めたのは、実はおよそ5千年前である。だから、学者たちの中には5千年前にやってきたディンゴとの共生が、アボリジニーが文明化した原因ではないかと見る向きが多い。実際、アボリジニーには、ディンゴが"Dreaming Time"つまり文明の夜明けと一緒にやってきたという言い伝えがある。生後5週間以内でないと飼いならせないというディンゴと一緒に眠り、自分の子供と一緒に乳を与える習慣もあったのだという。

ディンゴの純血を守るために

リン&ピーター・ワトソン夫妻は、今、新しい全国的なディンゴの登録協会を作ろうとしている。これまでも、確かに、純血のディンゴを守ろうとしてきた人たちやグループが数多くあり、彼らはそのどれにも加盟しながら、結局は脱会してしまった。彼らによれば、皆、絶滅寸前のディンゴを助けようと思う気持ちから会を始めているのだが、勢い感情的になったり、純血種保護の方法が科学的でなかったりして、保護のための大きなうねりになっていかなかったという。また現存の団体の中には、ディンゴをペットとして飼うという方法をとっている人たちもいて、二人はそれに対して批判的である。

純血種を守ろうという趣旨は同じだが、ディンゴはあくまでも野生の動物である。お茶の間で人間の膝に乗って暮らすのは彼らの生の本意ではないと。ディンゴは、また、育てているひとしか懐かず、見知らぬ人の言うことは聞かない。ちょっとホリデーに出かけますといって、ペットホテルに預けることは出来ないのである。

「私たちが死んだら、ディンゴたちがどうしてしまうのだと思うと、実は心配で夜も眠れません。だから、もう一度老骨に鞭を打って、新しいディンゴのための保護団体を作ります。ディンゴはオーストラリアの人々のシンボルです。できれば、我々の仕事を、将来は、若い人々に受け継いでもらいたいと思います。夢は、アフリカのクルーガーパークのようなディンゴのサンクチャリーを作ること。そこに、今我々が飼っているディンゴたちを放すことができたら…..どんなにいいでしょう」リンの目に涙が光る。リビングルームの外から、二人がまるで子供のようにいとおしむディンゴたちの美しい遠ぼえが聞こえてきた。